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僕は人生を巻き戻す 仁木 めぐみ 文藝春秋 2009-08-27 売り上げランキング : 1253 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
強迫性障害に打ち勝った一人の青年と医師、そして周りの人々の話。
出かけた時に、家の鍵をちゃんと掛けたのか気になって仕方がない。そういう経験は誰しもあると思う。自分もたまになる。家からまだ近ければ、戻って確認する事もある。でも、ちゃんと鍵は閉まっている。
また、仕事中に、どうでも良い小さな事が気になって、仕事が手につかなくなる事がある。例えば、パソコンの散らかったデスクトップが気に入らない。アイコンがいつも通り並んでいないと気になって、整理するまで仕事に集中出来ない。
多くの人は、なんらかの形でこのような理不尽な行動をとる事があるだろう。周りからみても理不尽だし、自分でも意味がないと分かっていながら、やらずにいられない。
これが、エスカレートすると、
強迫性障害 - Wikipedia
という精神失調と診断される。このノン・フィクションの主人公エドの強迫観念は、
「時が流れる先には死が待っている。時を巻き戻さなくては愛する家族は死んでしまう」
というものだ。
エドは、11歳の時にもっも自分を愛してくれ、家族の要石だった母をガンで失う。そして、その時に厳格な父の一時の気まぐれによって、初めて殴られる。その時から、エドは心を閉ざし始め、一人でビデオを観て過ごす事が多くなり始める。巻き戻しが出来るビデオに着想を得たエドは、自分でも時を巻き戻さなくてはと思い、自分の動作を巻き戻す儀式を始める様になる。
「すべてをビデオで映画を観る時みたいに何度でも巻き戻せば、起こった出来事を巻き戻せば、十分や十五分前に戻る事ができる。そうすれば、僕は年をとらない。それに僕の周りの人もみな歳をとったり、d・e・a・t・h に近づいたりしない」
「僕は人生を巻き戻す」p65より
この様にして、エドと強迫性障害との闘いが始まる。
エドは自分の行った行為を完璧に記憶し、それを必ず巻き戻す。自分の手がどこに触れたか、足がタイルのどこを踏んだか、それらを完全に記憶する。そして、自分が時を進めた場合は、必ず巻き戻しの儀式を行うようになる。
そのうちに、エドは地下室に閉じこもるようになり、自分の便や尿をジップロックやペットボトルに保存し始める。巻き戻しが出来るように。また、シャワーも浴びないし、服も着替えない。それらは、すべて時を進める行為に他ならないからだ。異臭漂う地下室に幽閉されたエドは、24時間そのような苦しみと闘い続ける。
そんな事をしても、どうにもならない事は自分でも分かっている。エドは全くの正気なのだ。でも、時を巻き戻す儀式を行わずにはいられない。それが脅迫性障害という病だからだ。
そんなエドの元に、脅迫性障害の第一人者である。マイケル・A・ジェナイク氏が現れる。本書では、かれの生い立ちについても触れられる。本当に患者思いの医師の鏡と読んで差し替えない人物だ。他の医師が匙を投げた患者でも、マイケル医師はあきらめない。
エドの元を訪れたマイケル医師にエドも信頼をおき、治療を進めていく。
と、こうなると読者としては、このマイケル医師がエドの病を治癒していくんだろうなぁと想像するだろうが、なんとこのマイケル医師はエドのあまりの深刻な症状に、遂には匙を投げて、エドの前で泣き崩れてしまうのだ。そして、このマイケルの涙がエドの心を奮い立たせる事になる。
一九九八年三月、マイケルはケープコッドを訪れた。自分の幅広い経験と現在あるたくさんの薬と革新的な療法をもってしても、エドにしてやれることはもう何もなかった。そして彼は初めて会った時とは別人のように哀れに衰えたエドが、腕をゾンビのように広げて階段を上がってきて、なんとか最高の笑顔を浮かべようとしているのを見た。マイケルの人生でこれほど悲しく、絶望したのは初めてだった、この日、ザイン家のリビングのソファに座ったマイケルはエドの目も気にせずに泣いた。こんなにも病んでるエドがどうして笑顔を浮かべることができるのだろうと思いながら。
皮肉なことに、このときの、エドを思うマイケルの涙がエドを動かし、治癒の経過も彼の人生も変えることになるのだ。
「僕は人生を巻き戻す」 p154
その時の自分の気持ちをエドは次のように語っている。
「ジェイナク先生がリビングで泣いた日、僕はものすごく腹が立った。脅迫性障害は僕から人生も幸せも奪っている。それなのにさらに大切な人を傷つけられ、つからった。だからいまいましい脅迫性障害をぶちのめしてやりたくなった」
「僕は人生を巻き戻す」 p156
リビングでマイケル医師が泣いた日以降、マイケル医師は、エドの元を訪れなかった。電話での連絡はとりあっていたものの、その後一年はエドの元を訪れることは無かった。
そして、ここからが本当に奇跡的展開となる。エドは、周囲の人に支えられながら、猛烈な勢いで治癒していく。それは本書を読んで確認して欲しい。
エドの生い立ちを読めば分かるが、とても心優しい青年だ。自分の病に無理解な父親の死を本当に恐れているのだ。もう誰も失いたくないと。誰も傷つけたくないと。そのエドの思いの強さには、並々ならないものがある。
だから、自分の為に泣いてくれたマイケル医師を見て、心決めたのだろう。この瞬間にエドは内面の強さを取り戻し、強迫性障害によって傷つけてしまった周りの人々に為にもと、この病との闘いの覚悟を決める。自分の為に闘うのでなく、もう自分の周りの人間を誰も傷つけず、悲しませない為に。
その後のエドは、結婚し子供をもつまでに回復する。しかし、強迫性障害が治癒した訳ではない。強迫性障害に完治はないのだ。エドはただ、その病をコントロールする術を身につけただけに過ぎない。彼は、家族や周囲の人々を傷つけ、悲しませない為に、今で強迫性障害と闘い続けている。
多かれ少なかれ、人は強迫的な部分を持っている。自分の信念とかプライドだって、ある意味では、強迫的なものだし、場合によっては、自分自身や周囲の人間を傷つける。そういう視点でみると、エドの物語はとても示唆的だった。
エドは、その優しさ故に、強迫性障害に陥り、その優しさで、強迫性障害と闘ったのだ。
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『1Q84』読み終わってから、ずっと読み返そう読み返そうと思っていたので読み返した。
したら、タイムリーにこんな記事。
村上春樹氏:「1Q84」を語る 「来夏めどに第3部」
ああ、やっぱりBook3でるんですね。で、『アンダーグラウンド』だけど、これは実際に社会に出て働いている人間じゃないと分からないと思った。皮膚感覚として。学生の時に読んだ印象と全然ちがった。
事件当日の話はまあいろいろと思うけど、何よりもそれぞれの被害者の方の生きてこられたプロセスのリアリティを感じて、何とも堪らない気持ちになると同時に、非常に勇気を貰えた。
ああ、市井の人はそういう思いを抱えて生きているんだなぁ。という何とも言えない感慨を得た。別にみんなたいそうな志をもっている訳ではない。ただ、良心があって、守りたい人がいて、ちいさな自分の想いを守ろうとしている。いろいろな人がいるし、全員が善き人でもない。あたりまえだけど、オウムも善人を狙ってサリンを撒いた訳じゃないので。
ただ、そういう状況で、人のそういう善き側面が現出しただけの事にすぎないけれど、同時に社会というものの脆さが露呈している。社会が駄目であっても、個人は個人のナレッジの中で治癒しようとしている。そういう人間の底力というかタフさというのは、本書の至るところで何度も何度も感じた。こうなってくると社会が間違っているなんて一概に言えなくなってきて、だって、社会の構成員がこんなにもタフなわけだから。そういう意味では、これは日本人というものを良く表現した本でもあるかもしれない。
ともかく、人々の人生の混沌がそのまま放り出されている様な内容で、善悪とかそういう二元論を超えた強烈なダイナミズムが現出している。そして、社会の自浄能力ともでいうのだろうか?そういうものをものすごく感じた。
じゃあ、今の社会のその自浄能力はどうなっているかっていうと、これはもうこの本を読んだ後ではわからないとしか言いようがない。。。
これは単なる地下鉄サリン事件の被害者の記録の書ではなく、人の総体として日本を活写した稀代のノンフィクション作品。未読の人は是非読んだ方がいい。
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