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最後の「ああでもなくこうでもなく」―そして、時代は続いて行く 最後の「ああでもなくこうでもなく」―そして、時代は続いて行く
橋本 治

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「広告批評」が休刊になる。

別に「広告批評」の熱心な読者ではないので、それほど感慨もないが、橋本治の時評が読めなくなるのはやはり残念だ。橋本治は、コンテンポラリーな思想家として相変わらずNo1だと思う。そういう人が時評を辞めるというのは、一読者として惜しい。

でも、この「最後の「ああでもなくこうでもなく」―そして、時代は続いて行く」のあとがきは、橋本治を読み続けて来た人間には確かに伝わる想いがあったのもまた事実で、こういう文章にはなかなかお目にかかれないから、それはそれで感謝すべき事かもしれない。

橋本治の文章は基本的に分かりづらい。別に論理が追えない訳でも、なにか難しい事を言っている訳でもない。なのに読んでみると分からない。分かった気にはなるが、やっぱり分からない。そういう文章を書く。この広告批評で続けてきた時評もそうだ。時評というものの性質上、なにか対象となるニュースがあるからわかりやすそうなものだが、これもやっぱり分かりづらい。でもその謎は、このあとがきで解けた。

橋本治はタダひたすら同じ事を言い続けてきただけだったのだ。だから、この時評もまた分かりづらかったのだ。対象となるニュースなんてものは、そもそもこの人には存在していなかった。「なんかおかしくないか?おかしいだろ。なのになんでおかしいって言わないの?どうしてそのおかしさをおかしさとして受け止めないのさ。そうしなきゃ前に進まないだろ?」この人は、バブルがはじけて以降ひたすらそう言い続けてきただけだった。

変な事件が起きれば、ちゃんと橋本流に時評した。それはちゃんと的を得ているプロの文章だ。読ませる。でも言ってることの本質は同じだ。おかしいと思っていることに対して「おかしくなってるんだから、まずそれを受け止めようよ。そうしないと始まらないんだから。。。」そう繰り返していた。相変わらず、変な事件は起き続け、政治は変わらず、景気もよくならず、(橋本流に言うなら)昭和という時代が終わり、その廃墟が延々と存在し続けていた。でも、橋本治は「はぁ。。」とも言わず、「もうめんどくさい!」とも言わず、時評を続け、同じ事を繰り返し続けた。10年。

そしてリーマンショックは起きた。そしてちゃんと時評した。バブルの時に日本で起きた事がまた起きただけにすぎない。時代が一回りしたのだ。そして橋本治はバブルの時に書いていた事をまた書く。もちろん、橋本流だからなんだかよくわからなくなってしまうのだが、そのわからなさもまたバブルの時の文章と同じなのだ。

「何かを通したかったら、それをやり続けることだ。通らなくてもあきらめず続ける事だ。」言うは易しだが、これほど難しい事はない。あとがきで、自分はそれを続けてきただけにすぎないと橋本治は言う。でも「広告批評」という雑誌がなくならなければ、続けていたとも言う。最後のピリオドを誰かが打ってくれるまで続ける気だったようだ。

同じことをやり続けるのには、「惰性」を捨てる必要がある。

このあとがきを読んで一番ズシンときた言葉だ。一見???とも思いそうな言葉だが、社会人になった今はよく分かる言葉だ。同じ事と真剣に向き合い続けることは、想像以上にしんどい。だからこそ惰性が生まれる。でもそれは続ける事とは違うのだ。続ける為には日々気持ちを新たにしなくちゃならない。少しづつでも変わっていかなきゃいけない。そうやって惰性を捨てていかない事には、普通人は何かを続けられないものだ。

橋本治の10年越しのメッセージはちゃんと受け取った。あまり良い読者とは言えないが、これからも橋本治のメッセージを受けとるポートだけはちゃんと空けておこう。

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この世でいちばん大事な「カネ」の話 (よりみちパン!セ) (よりみちパン!セ) この世でいちばん大事な「カネ」の話 (よりみちパン!セ) (よりみちパン!セ)
西原理恵子

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年末に読んだサイバラ本。

カネのことばかり考えて生きるのはつまらんけど、
カネのことを考えない人生ってやっぱどっか地に足がつかない。
カネの話ってあんまりしたくはないけれど、
カネの話がすべてであることって意外と多い。

カネとちゃんと向き合えないと、人はちゃんと大人にはなれない。と思う。
これは社会人になってからの実感。

著者の半生が「カネ」をという切り口で語られている。

印象に残る言葉は幾つもあった。
  • 「働くことが出来る」「働ける場所がある」って言うことが、本当の意味で、人を貧しさから救うんだと思う
  • 「どうしたら夢が叶うか」って考えると、全部あきらめてしまいそうになる。「どうしたらそれで稼げるか」って考えれば、必ず、次の一手が見えてくる
  • 肝心なのは、トップと自分の順位を比べて卑屈になることじゃない。最下位でも出来ることを探すこと
  • どんなときでも、働くこと、働き続けることが「希望」になる。人が人であることを止めないために、人は働く
とてもよい本。よみやすい。

極東ブログで紹介されていたので、読んでみた。
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2008/04/10_d02a.html

それでもなお、人を愛しなさい―人生の意味を見つけるための逆説の10カ条それでもなお、人を愛しなさい―人生の意味を見つけるための逆説の10カ条
Kent M. Keith 大内 博

早川書房 2002-08
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この逆説の十戒は、
ネットの至る所にコピペされているし、多くの所で訳されている。
個人的にはfinalvent氏の訳が好みだが、原文も味わいがある。

で、

この不合理な処世訓の真意は、極東ブログでも引用されているが、
ここでも、もう一度引用してみる。

 この世界は狂っているということをまず認める、そこから始めるのが最善です。この世界はまったくどうかしています。
  (中略)確かに、この世界は狂っています。あなたにとってこの世界が意味をなさないと言うのなら、それはあなたの言うとおりです。この世界はまったく意味をなしていません。
大切なことは、それについて不平を言うことではありません。希望をすてることでもありません。それはこういうことです。世界は意味をなしていません。し かし、あなた自身は意味をなすことが可能なのです。あなた自身は一人の人間としての意味を発見できるのです。それがこの本のポイントです。これは、狂った 世界の中にあって人間として意味を見つけることについての本です。

で、こう続く。

この世界は狂っていますが、あなたは狂っていません。
(中略)これから死ぬまでのあいだ、正しいと思うこと、良いと思うこと、真実であると思うことを、あなたにとってそれは意味があるというただそれだけの理由で、実行する事は可能です

これはもちろん安易な自己啓発というレベルのお話では、ない。

この逆説の十戒を、マジで実行すると、恐らく社会から弾き飛ばされるだろう。
それはそれとして、やり遂げなさい。

という様に11番目の逆説にする事も可能ではあるが・・・。

ここに一つの残念な真実がある。

・未だ嘗て、社会と真剣にやり合って、生き残った人間は一人もいない。

僕の好きな小林秀雄は、同じ事をこんな風に表現していた。(うる覚え、かつ、出典不明)

・犬はしっぽを振れるが、しっぽは犬を振れない。この事実は深刻である。

逆説の十戒とは、

あなたはしっぽだ。それはそれとして、振りなさい。

という事を言っている。そう、そういう事を言っている。・・・・・・そういう事を言っている。

人生の意味をなすとは、そういう事だと言っているのだ。
久しぶりの村上春樹のエッセイ。

相変わらず読み易く、買ったその日にすらすらと読み終わってしまったが、内容的には「ズシリ」と重たい。タイトルは、彼のライフワークである「走ること」だが、「走ること」についての語りは、そのまま、小説家として生きてきた四半世紀を語り、これからの小説家として姿勢(走り方)を、暗に語ってい る。微かなメタファーとして。

彼は、また、走れなった日々、あるいは走らなかった日々について語る。そこが、小説家として村上春樹を愛読する一読者としては、非常に興味く、また「ズシリ」ときたとこでもある。

村上春樹は、今年で58歳である。いくら頑張って走っても、30代40代の頃のようには行かない。その様な自身の肉体を、冷静に見つめつつも、戸 惑っている村上春樹は、「海辺のカフカ」の以降の空白期間と重なっている様にもみえる。立て続けに刊行された翻訳書(フィッツジェラルドの「グレート・ ギャッツビー」、チャンドラーの「ロング・グッドバイ」。共に彼にとって重要な意味をもつ2冊)も、その様な文脈で見ると、何か自分自身に洗い出しの様な ものとも受け取れなくもない。

いづれにせよ、彼はまた走り始めた。これまでとは違う確度で、「走ること」の意味を再度掴み直そうとして、走り始めた。それは還暦を間近に控えた 人間なら誰でも通る通過儀礼なのかもしれない。肉体が衰退した人間が、それまで生き方のシフトを人生から迫られているだけなのかもしれない。その辺りの感 覚は、まだ26歳の人間にとっては想像の埒外にある。ただ、彼の「走り方」の真摯なスタイルは、26歳の人間をも鼓舞する力強さと静謐さがある。これまで の村上春樹の文章からは、感じるとる事が出来なった種類のものだ。

次の長編作品が、とても、楽しみだ。
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