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マッチョ映画

原作はサヨで、映画的にも姿勢としてはサヨなんだろう。でもね、この程度の陰謀ものにウヨもサヨもないと思うぞ。アントワーン・フークア監督。という訳で、主人公のマッチョぶりを堪能するアクション映画として観るならこれは、かなり楽しい映画。

登場人物がステロタイプにハマり過ぎ。どれだけ撃たれても決して倒れないマッチョな主人公(愛国心という言葉に滅法弱い)。疑惑の主人公をいとも簡単に信じちゃう巨乳のお姉ちゃん。お腹が出てる脂ぎった悪党。ピンチになると弁解を始めるがり勉小悪党。こういう単純な演出(演出だよね???)を、「アホか!」と思うか、「分かりやすい」と思うかで、楽しさが全然違ってくる。前者の人は、10分に1回位のペースで高まる馬鹿馬鹿しいという感情を我慢しないと最後まで見れないでしょう。とにかく、ミエミエの部分が多い。

個人的には、最近こういうスタンダードなアメリカ映画にお目にかかれる機会が随分減ったので、素直に楽しむ事が出来た。イラク戦争前後のアメリカ国内の愛国心の高まりによるだろう、一連のFeel - good - movieには、正直辟易させらた時期もあったけど、やはりアメリカの価値観というのは、現代社会を牽引している部分が多分にあるわけで・・・。スーパーマン(明確な規範)が存在するアメリカと、スーパーマン無き日本を比べたら、それが多少歪んだものであれ、スーパーマンがいないよりはマシだ。という事になると思う。

この映画も、一応右翼批判という体はとりつつ、描かれているのは、やはりアメリカの男であり、アメリカの男斯くあるべし(さらに言えば、アメリカの女斯くあるべし)という規範である。そして、僕は思うのだけれど、規範無きわれ等日本の軟弱な男子諸氏の心の欠落を埋める代理装置として、このようなアメリカ映画は受け入れらているんじゃないか。少なくとも、僕はこの映画を爽快だと思うし、素直に楽しむ事が出来る。それは、やはりアメリカという国の美点をそこに感じるからだ。

だって、日本だったらどんなに政治が腐敗しようが、官僚が汚職しようが、暴動なんて起きないし、暗殺なんて話も聞かない。結局、そういう事なんだと思う。国にも国民にも明確な規範がない(正確には、戦後失われた)から、いつまでたっていろんな事がグダグダなんだと思う。そして、多くの人がそういう現状に辟易している。少なくとも、僕はしている。

そういう国で、こういうマッチョなアメリカ映画を観ると、今一番この国に必要なのは、「こいつら何言っても結局変わんないから、いっちょ殺っちまおう!」という程度の気概なんじゃないかと思う。そういう視点で見ると、このお馬鹿なマッチョ映画にも意義が見えてくる。

とまあ、話が映画の中身からは随分逸れたけど、やっぱアメリカ映画の勢いの本質はソコだろうし、ソコが面白さのポイントでもあって、この映画はそういう部分だけはしっかり押さえてある良質映画ではある。

という訳で、僕はこの映画を薦めます。
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