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ジェイク・ギレンホールが良い。

デヴィッド・フィンチャー最新作。この監督が嫌いな僕としては、かなり懐疑的な態度で鑑賞したのだけど、あまり期待していなかったせいか、フィンチャー作品としては過去最高の出来だった。もっとも、それは主演のジェイク・ギレンホールの魅力に拠る所が大きい訳だけれども・・・。

  ゾディアックというのは、アメリカ史上に残る連続殺人犯で、マスメディアを巻き込んだ劇場型犯罪の元祖でもある。尚、ゾディアック事件は、現在も未解決のまま。本作は、そんなゾディアック事件の解決に挑んだロバート・グレイスミス(作中のジェイク・ギレンホール)のノンフィクション「ゾディアック」をベースにしたもの。

 フィンチャーが狙ったのは、多分、このゾディアック事件の新たな解釈を提示する事で、作中では真犯人をしっかりと示している。また、別の可能性も示唆するようなシークエンスもあるが、これ以上はネタばれになるので・・・。

  でも、その様な監督の意図とは別の部分でこの作品は素晴らしかった。それがジェイク・ギレンホールが、ゾディアック事件にのめり込んでいくシークエンスだ。彼は、世間がもはや忘れてしまったゾディアック事件の解決の為の調査に殆ど一人で取り組み、仕事を辞め、家庭の崩壊も省みない。はっきり言ってこのシークエンスがこの映画の最大の見所だ。ともかく、ジェイク・ギレンホールが素晴らしく、ゾディアックよりも、このグレイスミスの生涯の方に強く興味を惹かれてしまう。よって、このシークエンスが終わり、また、ゾディアック事件の謎解きに話が戻ると、なんとんなく肩透かしを食らったような気分になる。

 他の脇役陣もみな好演を見せる。特に、事件の捜査にあたるマーク・ラファロ、アンソニー・エドワーズ(グリーン先生!!!)が素晴らしい。彼らのゾディアック事件に翻弄されていく様も、また興味を惹く。

 もちろん、監督にも、彼らの人生を描くという意図はあっただろうが、ここまでやるんだったら、もうちょっと別の描き方があるんじゃないかと思う。しかも、最後に判明する真犯人が、これまた魅力に欠ける人物で、はっきり言って、先に挙げた3人比べると、実につまらないちっちゃい男にしか見えない。そんな訳で、最後が全然締まらない。ここら辺がもう少しなんとかなってれば、文句なしに素晴らしい映画だったんだけどなぁ・・・。

 とりあえず、ジェイク・ギレンホールが一人だけが得をしていた。

 
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マッチョ映画

原作はサヨで、映画的にも姿勢としてはサヨなんだろう。でもね、この程度の陰謀ものにウヨもサヨもないと思うぞ。アントワーン・フークア監督。という訳で、主人公のマッチョぶりを堪能するアクション映画として観るならこれは、かなり楽しい映画。

登場人物がステロタイプにハマり過ぎ。どれだけ撃たれても決して倒れないマッチョな主人公(愛国心という言葉に滅法弱い)。疑惑の主人公をいとも簡単に信じちゃう巨乳のお姉ちゃん。お腹が出てる脂ぎった悪党。ピンチになると弁解を始めるがり勉小悪党。こういう単純な演出(演出だよね???)を、「アホか!」と思うか、「分かりやすい」と思うかで、楽しさが全然違ってくる。前者の人は、10分に1回位のペースで高まる馬鹿馬鹿しいという感情を我慢しないと最後まで見れないでしょう。とにかく、ミエミエの部分が多い。

個人的には、最近こういうスタンダードなアメリカ映画にお目にかかれる機会が随分減ったので、素直に楽しむ事が出来た。イラク戦争前後のアメリカ国内の愛国心の高まりによるだろう、一連のFeel - good - movieには、正直辟易させらた時期もあったけど、やはりアメリカの価値観というのは、現代社会を牽引している部分が多分にあるわけで・・・。スーパーマン(明確な規範)が存在するアメリカと、スーパーマン無き日本を比べたら、それが多少歪んだものであれ、スーパーマンがいないよりはマシだ。という事になると思う。

この映画も、一応右翼批判という体はとりつつ、描かれているのは、やはりアメリカの男であり、アメリカの男斯くあるべし(さらに言えば、アメリカの女斯くあるべし)という規範である。そして、僕は思うのだけれど、規範無きわれ等日本の軟弱な男子諸氏の心の欠落を埋める代理装置として、このようなアメリカ映画は受け入れらているんじゃないか。少なくとも、僕はこの映画を爽快だと思うし、素直に楽しむ事が出来る。それは、やはりアメリカという国の美点をそこに感じるからだ。

だって、日本だったらどんなに政治が腐敗しようが、官僚が汚職しようが、暴動なんて起きないし、暗殺なんて話も聞かない。結局、そういう事なんだと思う。国にも国民にも明確な規範がない(正確には、戦後失われた)から、いつまでたっていろんな事がグダグダなんだと思う。そして、多くの人がそういう現状に辟易している。少なくとも、僕はしている。

そういう国で、こういうマッチョなアメリカ映画を観ると、今一番この国に必要なのは、「こいつら何言っても結局変わんないから、いっちょ殺っちまおう!」という程度の気概なんじゃないかと思う。そういう視点で見ると、このお馬鹿なマッチョ映画にも意義が見えてくる。

とまあ、話が映画の中身からは随分逸れたけど、やっぱアメリカ映画の勢いの本質はソコだろうし、ソコが面白さのポイントでもあって、この映画はそういう部分だけはしっかり押さえてある良質映画ではある。

という訳で、僕はこの映画を薦めます。
300
違和感・・・。

とりあえず、期待してはみたものの・・・。

個人的には、アテンションスパン(注意持続時間)が短くて疲れた。最近こういう映画が増えつつあるけど、僕は耐えられない。もっと腰を据えて物語りを作ってくれないと、引き込まれない。

で、これ原作はコミックなのね。「シン・シティ」の人なのね。確かにコミックのアテンションスパンそのまま再現するとこうなるだろうけれども・・・。そういうのは映画のとは相容れないと僕は思うんだけどな・・・。違うのかな・・・。新時代なのかな・・・。僕がマイノリティなのかな・・・。分かってはいるけどさ・・・。

観ながら、300VS1000000とかいう男どものテンションが上がりそうないいテーマなんだから、もう少しがんばってくれよな。とか思ったけど、頑張ったからこそ、これなのかな。む~。

とりあえず、合戦のシーンの撮り方だけは正しいです。上手いです。でもそれ以上は僕にはもう何も言えない。
やっぱりシリーズものは難しい・・・。

世界最速で見に行くほどではないが、こういうのはやっぱお祭りであって、混み合った映画館でポップコーンを摘みながら見るべき映画ではある。よって、パッーと見てああ面白かった!っと言って席を立てるとこれは最高にハッピーで、まさにエンターテイメントのあるべき姿という事になる訳だけど・・・むむむ。

ダメな点

1.スパイダーマンが名も無き市民を助けるシーンが殆どない。
2.スパイダーマンがダークサイドに堕ちているシークエンスが長すぎる。(よって全体の尺も伸びだれる)
3.肝心の(殆どの観客がそれ目当ての)アクションシーンが1、2、を超えて画期的ではない。

1.について

やっぱりヒーローっつうのは慈善活動をしてなんぼである。慈善活動をするからヒーローなんである。でもって映画的にはそういう主人公のバックグラウンドになるシーンの連なりが、面白さのベースラインになる訳である。この監督(サム・ライミ)は、その事が分かっているはずなんだが、シリーズ故のプレッシャー(1よりも2よりも面白くせねば!!!)から、初心を忘れてしまったのかもしれん。あと撮影監督が変わっているようなので、その影響もデカイ。

2.について

これは戴けない。ダレる。時計見ちゃう。このシークエンスが長すぎたせいで映画としてのスピード感が失われている。この内容なら2時間に刈り込める。

3.について

この映画全体を印象付けるメインのアクションシーンがない。2にあった暴走した電車を自らの体で止めるシーンなんかキリスト教圏ならではの演出で上手いな~~~と思わせてくれたんだが、今回はその程度に印象的なシーンはなかった。残念だ。多くのスパイダーマンファンが期待しているのは、おそらく「ソコ」なんだから、そういう映画的山場は必ず作らなきゃいけないのだ。もちろん、個々のアクションシーンのクオリティは制作費に比例して凄いけど、もう一声という印象を受ける。

この3点で、残念ながら、1よりも2よりも面白くない映画に仕上がっている。
ただし、ポップコーンムービーとしては十分に楽しめるレベルの作品ではあるので、このエントリを読んだ後でも、少しでも見たいというモチベーションが残っている人は、是非でかいスクリーンの映画館に足を運んで下さい。
格差社会って怖いですね・・・。

観終わって、素直な感想。「いい映画だな。コレ。」
ウィル・スミス親子の熱演に非常に好感が持てた。月並みだけど、現代人が忘れたものが確かに感じ取れはすると思う。なんか、戦後の日本人に近いものがあるんではないか。アレだけの状況で、まだ子供と自分の幸せに希望を失わずに、前向きでいられるってのは、やっぱり「幸せのちから」なんだろうな。

父と子の描写以外バッサリ切り落とした潔い作り。ここらへんは、非常に評価できる。まっとうで、単純な演出ではあるが、こうやって迷いない作りを見せくれる映画は以外と少ない。スノッブな映画に食傷気味な人には新鮮だろう。

でも、個人的に一番衝撃だったのは、当時(1981年だっけ?)のアメリカに、教会の世話にならないと寝床さえ確保できない人が、あんなに沢山いた事。たしかに当時のアメリカは経済的には、相当疲弊してたけど、これには驚く。

そうえいば、以前エントリにした「フープ・ドリームス」は下層社会のドキュメンタリーだったけど、あれも相当衝撃だった。結局の所、アメリカ社会の格差問題は、相当深刻で、いまだ進行中。どれだけ経済が上向こうが、下層社会に生きる人達の生活は、殆んど変わらない。最近は、日本でも格差社会とかいってるが、アメリカの格差問題に比べれは、まだまだ一億総中流である。メディアを通して入ってくる情報では、アメリカ人はみんな郊外の芝生が敷き詰められたでっかい庭付きの家に住んでるが、んな事た~ない訳である。という訳で、この映画は、日本人にとってはアメリカの影を捉えた、貴重な映像的資料でもある。

また、これ映画は、典型的なアメリカンドリーム映画でもある。アメリカ人が、あれだけ成功者を賞賛するのも、どん底がどれだけ深いかという事をみんなが知っているからという側面もあるだろう。この映画は、そのあたりを的確に表現している。本物のアメリカンドリームって、これだけキツイって事がヒシヒシ伝わる。

で、また格差社会に話題を戻すと、どんだけそこが深くても、ちゃんと努力した人間を拾い上げるシステムがあるアメリカは立派な国でもある。でもって、新卒で就職できないと、選べるカードが1000分の1位になっちゃう日本は、やっぱ怖い国でもある。問題なのは、格差なんかじゃなくて、全ての人間に平等に社会的なチャンスが用意されているかどうかという点なんだ。

でも、そういうつまらん一般論は、ホントはどうでもよくて、大事なのは、生活レベルと幸せが、必ずしも相関関係にあるわけではないという現実(幻想)を、社会が提供できるかどうかって事なんじゃないかと思う。多分、今の日本にその幻想はない。バブルではじけたのは、日本経済だけではないのだ。でも、これも、つまらん一般論か。

とりあえず、強引にまとめると、
心温まる映画なので、オススメです。多くの人は泣くでしょう。

※注意 : 観に行く際は、事前情報は極力仕入れない様に。確実に面白さが半減します。
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